高ストレス者が面接指導を申し出ないとき、事業者は何をすべきか
結論から。ストレスチェックで高ストレスと判定されても、医師による面接指導は本人が申し出なければ実施されません。申出は義務ではなく、権利です。そのため「高ストレス者は出たが、誰も申し出てこない」という状態は、制度の欠陥ではなく制度が想定している状態です。
厚生労働省の指針も、申出を行わない労働者がいることを前提に、実施者による申出の勧奨と、面接指導とは別の相談窓口を広げることという二方向の対応を求めています。
なぜ申し出ないのか
人事担当者から見ると不可解に映りますが、申し出ない側には一貫した理由があります。多くは「体調が悪くない」からではありません。
- 申し出た事実が会社に伝わる。面接指導の申出窓口は事業者です。申し出るということは、自分が高ストレス判定を受けたことを会社に知らせることと同じです。
- 評価や配置への影響を恐れる。不利益取扱いは禁止されていますが、禁止されていることと、本人が安心できることは別です。
- 面接の相手が医師である。就業上の措置に関する意見を事業者に述べる立場の人であり、「話した内容がそのまま会社に届くのではないか」と受け取られやすい。
- 面接指導で解決する問題だと思っていない。上司との関係や家庭の事情など、医学的な面接よりも「まず誰かに聞いてほしい」段階の悩みが多い。
制度上、面接指導はどう位置づけられているか
ストレスチェック制度は労働安全衛生法に基づく仕組みで、面接指導については同法第66条の10に定めがあります。重要なのは、面接指導の実施が「労働者からの申出」を要件としている点です。事業者が高ストレス者を選んで一方的に面接を実施する制度ではありません。
そして、そもそも労働者にはストレスチェックを受検する義務自体がありません。指針は次のように述べています。
「労働者にストレスチェックを受検する義務はないが、ストレスチェック制度を効果的なものとするためにも、全ての労働者が受検することが望ましいという制度の趣旨を事業場内で周知する方法。」
厚生労働省「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成27年4月15日公示第1号、平成30年8月22日最終改正)
制度全体が、本人の意思を起点に動くように設計されています。申出が集まらないことを「周知不足」とだけ捉えると、対応を誤ります。
指針が事業者に求めている二つの対応
1. 実施者による申出の勧奨
高ストレス者として選定されたが申し出ていない労働者に対しては、事業者ではなく実施者(産業医や委託先の医師など)が勧奨することが望ましいとされています。
「ストレスチェックの結果、高ストレス者として選定され、面接指導を受ける必要があると実施者が認めた労働者のうち、面接指導の申出を行わない労働者に対しては、規則第52条の16第3項の規定に基づき、実施者が、申出の勧奨を行うことが望ましい。」
同指針
勧奨の主体が実施者であることには理由があります。誰が高ストレス判定を受けたかを事業者が把握していない状態を保ったまま、本人に働きかけられるからです。人事から直接声をかける運用にしてしまうと、この前提が崩れます。
2. 面接指導以外の相談窓口を用意する
指針は、結果を本人に通知する際に伝えることが望ましい事項として、次の三つを挙げています。
「①労働者によるセルフケアに関する助言・指導
②面接指導の対象者にあっては、事業者への面接指導の申出窓口及び申出方法
③面接指導の申出窓口以外のストレスチェック結果について相談できる窓口に関する情報提供」同指針
③が、この記事の主題です。申出をためらう労働者に対して、申出窓口とは別の相談先を案内することが、制度上望ましい対応として明記されています。さらに指針は、相談体制について次のように述べています。
「事業者は、ストレスチェック結果の通知を受けた労働者に対して、相談の窓口を広げ、相談しやすい環境を作ることで、高ストレスの状態で放置されないようにする等適切な対応を行う観点から、日常的な活動の中で当該事業場の産業医等が相談対応を行うほか、産業医等と連携しつつ、保健師、歯科医師、看護師若しくは精神保健福祉士又は公認心理師、産業カウンセラー若しくは臨床心理士等の心理職が相談対応を行う体制を整備することが望ましい。」
同指針
「高ストレスの状態で放置されないように」という表現が、事業者に期待されている水準を示しています。面接指導の申出がゼロで終わった年度は、この観点からは対応が完了していません。
人事は何を知ることができ、何を知ることができないのか
ここは実務で最も誤解が多いところです。指針は二つを明確に分けています。
| 情報 | 本人の同意 | 根拠 |
|---|---|---|
| 誰がストレスチェックを受けたか(受検の有無) | 不要 | 「実施者は、ストレスチェックを受けた労働者のリスト等労働者の受検の有無の情報を事業者に提供するに当たって、労働者の同意を得る必要はないものとする。」 |
| ストレスチェックの結果の内容 | 必要 | 結果を事業者へ提供するには本人の同意取得が前提。同意が得られない場合、記録は実施者・実施事務従事者側で保存される |
つまり事業者は「受けたかどうか」は把握できますが、「何点だったか」「高ストレスだったか」は、本人が同意しない限り知り得ません。社員に説明するときは、この線引きをそのまま伝えるのが最も効果的です。曖昧に「秘密は守られます」と言うより、何が伝わり何が伝わらないかを具体的に示すほうが信頼されます。
社内告知で使える言い方の例
「会社が把握するのは、あなたが受検したかどうかだけです。結果の内容は、あなたが同意しない限り会社には共有されません。面接指導を申し出るかどうかも、あなたが決めることです。申し出たことを理由に不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。」
外部の相談窓口を使う場合の注意点
社外の窓口は、申し出のハードルを下げる手段として有効です。ただし指針は、外部機関に委託する場合の条件にも触れています。
「当該外部機関において労働者からの苦情又は相談に対し適切に対応することができるよう、当該窓口のスタッフが、企業内の産業保健スタッフと連携を図ることができる体制を整備しておくことが望ましい。」
同指針
社内の産業保健スタッフと連携できない窓口は、指針が想定している体制を満たしません。外部サービスを検討する際は、料金や対応時間だけでなく、産業医との連携が実際に可能かを確認してください。連携といっても相談内容を共有するという意味ではなく、必要が生じたときに接続できる経路があるか、という意味です。
2028年4月から、50人未満の事業場も対象になります
令和7年の労働安全衛生法の改正により、これまで努力義務だった労働者数50人未満の事業場についても、ストレスチェックの実施が義務化されます。施行日は令和10年(2028年)4月1日です。厚生労働省は令和8年2月に、小規模事業場向けの実施マニュアルを公表しています。
50人未満の事業場には産業医の選任義務がないため、高ストレス者が出たあとの受け皿を自前で持っていないケースが多くなります。面接指導を行う医師の確保と併せて、申し出をためらう社員のための相談先をどう用意するかが、準備期間中の実務上の課題になります。
よくあるご質問
面接指導の申出がゼロでも、法令違反にはなりませんか?
申出がないこと自体が直ちに違反となるものではありません。面接指導は労働者の申出を要件としているためです。ただし指針は、申し出ない労働者への実施者による勧奨と、面接指導以外の相談窓口の案内を望ましい対応として示しています。「申出がなかったので何もしなかった」という状態は、指針が求める水準を満たしているとは言いにくいのが実情です。
人事から本人に「面接を受けてはどうか」と勧めてもよいですか?
誰が高ストレス判定を受けたかを事業者が知っている前提になるため、原則として適切ではありません。指針は勧奨の主体を実施者としています。人事が行うべきなのは、個人を特定した働きかけではなく、全員に向けて窓口と申出方法を周知することです。
外部の相談窓口を設ければ、面接指導は不要になりますか?
いいえ。申出があった場合に医師による面接指導を実施する義務は変わりません。外部の相談窓口は面接指導の代替ではなく、指針が挙げる「面接指導の申出窓口以外の相談できる窓口」にあたるものです。申し出るには至らない段階の社員を放置しないための、別の経路と考えてください。
相談内容が会社に伝わることはありますか?
外部の相談窓口を利用する場合、その窓口の運用によります。契約前に、企業側へ何が報告され何が報告されないかを書面で確認し、その内容をそのまま社員へ告知できる形にしておくことをおすすめします。社員が窓口を使わない最大の理由は、この点が曖昧なままであることです。
外国籍の社員が高ストレスと判定された場合は?
相談窓口が日本語のみで運用されていると、申出以前に利用できないという壁が加わります。体調やメンタルの微妙な状態を母語以外で説明することは、日常業務を日本語でこなせる人にとっても別の難しさがあります。対応言語を確認しておいてください。
面接指導以外の相談窓口をお探しでしたら
United World Counseling は、企業の従業員向けのオンラインカウンセリングです。高ストレスと判定された社員が、申出をためらう場合の相談先としてご利用いただけます。会社と利害関係のない、社外の窓口です。
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